小学生の社会は身近な歴史的建造物の見学から|次女の社会見学

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小学生の社会は身近な歴史的建造物の見学から|社会に興味をもってくれればと思います

小学生社会歴史的建造物

小学生の社会は身近な歴史的建造物の見学からについてこの記事をご覧いただきましてありがとうございます。

【関西中学受験体験ブログ】目指せ中学受験!サイト管理人のコッコママと申します。

このブログの読者の方からもご質問頂いた社会についてですが、我が家の次女のたぬりちゃんも、中学受験をするうえで社会が受験科目になるかどうかまだわかりませんが、受験科目に無いからと言って社会を勉強しなくても良いわけでもなく、中学生になってもその先の高校生でも社会はずっと必要な科目であることにはかわりありません。

母も経験がありますが、社会という科目は正直、好きか嫌いか、興味があるか無いかでかなり変わってくる科目だと思いますので、勉強の為、テストで点数を取るためだけにする社会の勉強ほど苦痛なものはなく、逆に興味を持ち純粋な知的探求心から知りたいと思い勉強できればこれほど面白い科目はないかとも思います。

なので、我が家の次女のたぬりちゃんには本格的に社会の勉強をする前に、少しでも社会に興味を持ってもらえたらなと思い、まずは我が家の近場にある歴史的建造物を父に解説してもらいながらお出かけがてら見学に連れて行ってあげようと計画をした事から、

  • 小学生の社会は身近な歴史的建造物の見学から|慈眼院
  • 小学生の社会は身近な歴史的建造物の見学から|旧堺燈台
  • 小学生の社会は身近な歴史的建造物の見学から|鉄砲鍛冶屋敷

以上の項目に沿ってご紹介させて頂きます。

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小学生の社会は身近な歴史的建造物の見学から|慈眼院

小学生社会歴史的建造物

慈眼院

慈眼院は大阪府泉佐野市日根野にあるお寺で、天武2年(673年)に、天武天皇の勅願寺として、覚豪阿闍梨によって創建された泉州で最も古いお寺になります。

729年~749年に、寺領に1千石が加えられ、聖武天皇の勅願寺となりました。

弘仁6年(834年)からの2年間には、宗祖弘法大師により、多宝塔、金堂の造営など一山が整備されています。

文和2年(1353年)、南北朝の戦火で炎上した後、後村上・後亀山の両帝の勅命で再興されました。

天正13年(1585年)には豊臣秀吉の兵火により一山のほとんどが炎上しましたが、慶長7年(1602年)に豊臣秀頼がまたまた再興されます。

奥之坊・山之坊・明王院・戒躰院・稲之坊・中之坊(現・慈眼院)ほか諸建造物が再建されました。

境内にある多宝塔は鎌倉時代に建立されたもので、3間2層、全高10メートル余りの大きさになります。

国内では最小の優美な塔として国宝にも指定されています。

鎌倉時代の金堂は平面方3間、屋根・単層本瓦葺きで国指定の重要文化財でもあります。

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